自殺した親友との思い出

僕は、日本がバブルに浮かれていた時代はまだ子供でした。高校生の頃、山一證券が経営破たん、そしてバブルが崩壊。俗にいう「失われた20年」は、僕にとって大学時代から社会人になって現在に至るまでの期間に見事にかぶります。

この20年で、僕は「親友」を2人自殺で亡くしました。2人とも「失われた20年」の被害者だったと思います。

「友達」でなく「親友」としたのは、2人共、僕と同じミュージックラヴァーズで夜明けまでお酒飲みながら好きな音楽について語り明かせる仲だったからです。2人共、お酒が強く、お酒が好きで、命を絶つ頃はかなり依存していたようです。2人共、僕と違って、社交的で誰とでも仲良くなれるし明るい性格でした。

今日は、その2人のうちの一人(A君)について書きます。彼は大学の同級生でした。A君は実家通いで僕はアパートに一人暮らしでした。僕のアパートは交通アクセスがよくて飲み屋も近かった事から、よく友だちの集まるたまり場でした。(僕のアパートはある意味、僕らの「トキワ壮」でした。)大概終電時間は過ぎてそのまま雑魚寝する事になるんですが、A君は、毎回、僕のCDコレクションにすげーなーと感動していました。

そのA君ともう一人の親友(B君)3人で「一緒にバンドやろうよ。」と飲むたびに話していました。A君はギターもベースもドラムもやっていて、僕とB君はギターのコード弾きが出来る程度。「バンドやろうよ話」も飲んだ勢いでノリで言っているだけかと思っていましたが、A君は自分のベースと教則本を僕の家に置いていきました。本気だったみたいです。

A君は軽音サークルに入っていました。彼は僕とB君をサークルにちょくちょく誘っていましたが、僕とB君はそのサークルのノリがちょっと違うと断っていました。(入れば良かったかな…。)大学でそのサークルがライヴをしているのを見ましたが、どのバンドもA君が掛け持ちでドラムを叩いていました。正直しょうもないバンドのしょうもない曲でも叩いていて、内心「ポリシーないのか?」とA君の社交性が「ちょっと違うな。」とB君と思ったものでした。(今思えば社交的な彼に対する単なる嫉妬です。)

サークルには入りたくないけど音楽はやりたくなっていた(自分の好きな音楽と嫌いな音楽の違いを、感覚とか直観とかではなくて、ちゃんと説明できるようになりたかったんです。)僕は、譜面が読めるようになりたくてピアノを習ってみたり、打ち込み音楽がやりたくなってシーケンサー買ってみたりしましたが、飽きっぽくて残念ながら長くは続かなかったです。ベースも教則本が入門編すぎて、簡単すぎて「ベースつまらん。」と思ってしまって置物になってしまいました。(超後悔!!)

A君と僕は、たまたまR.E.M.の当時の新譜「モンスター」を発売日に偶然買っていました。

Monster: R.E.M.

Monster

Monster

カラオケも好きでよくみんなで行ってました。A君はR.E.M.の「What's The Frequency, Kenneth?」を入れてきて、2人で一緒に唄ったら、打ち合わせたわけでもないのに、サビで僕が上のパート、A君が下のパートを唄って見事にハモれていたのも思い出です。よくよく聴くと主旋律(マイケルスタイプのパート)はA君が唄った方だとわかりました。(僕は自然とハモりの方に耳が行く所があるようです。)

R.E.M. - What's The Frequency, Kenneth?

卒業後、ケータイも持っていない頃でしたから、(クソのように多忙な会社に入社したこともあって、)連絡も取らなくなってしまいました。その会社を数年後に辞めて、昔もらった年賀状の住所にケータイ番号書いて年賀状送りました。数日後、知らない番号の着信があって出てみると、A君の母親でした。そこでA君が数年前に自殺していたことを知りました。A君は卒業後、就職はせずバイトをしながらアマチュアバンド続けていたそうです。

世の中既に不景気でしたが、夢の為に就職しないフリーターという生き方が、かっこよく思えた時代でした。(いや、今でももちろんかっこいい生き方なんですが、今の方が長い不景気があった分、かっこいいのと同じくらい現実見てない、将来設計が無いイメージもあります。)今の若い子たちなんかは「ゆとり」とか言われるけど、不景気を生きていた分、現実的な子が多いんじゃないかな。(結果的に今の若いシンガーやバンドはどこか保守的で冒険がないように思うんですが、話が逸れるんでそれは別の機会に書きます。)

R.E.M.の「モンスター」には偶然ですが、自殺したニルヴァーナのカートコヴァーンについて唄った曲があります。当然ながらA君の事を思い出す曲です。

REM - LET ME IN